特技も何もない。持ってるやつが持ってるやつと自慢しあえばいい。毎日毎日、同じ時間を繰り返していく。持たない者はその繰り返しの中で生きている。だから思う。自分がいなくなってもどうせ誰も困らないだろうと。いても何も変わらないなら、いなくても何も変わらない。
誰も泣かない。誰も笑わない。誰も話さない。人として、せめて人間としてのプライドだけは捨てたくはない。
たとえ何かを失っても。たとえ何かが消えても。たとえ自分が消えても……。でも叶うのなら、自分が存在した証だけは忘れないで欲しい……。皆になんて贅沢は言わない。ただあの人にだけでもそれが今の願いで唯一の想い。
俺こと藤堂真司はいつものように絡まれていた。絡まれているとはいえ、それは少し危ないお兄さんたちや、学校のいわゆる不良たちという訳ではない。いや、自分からすればもっとたちが悪いと言える。「今まで言ってきた通り、俺は幽霊は好きじゃないし、慣れてもいない。いや慣れたくない!!」しっかりと相手の顔を見ながらそう反応しても『そんなこと言わないでさ、シンジ君。仲良くして 』
なんてかわいく言ってきても無理なものは無理。――できるくぁぁぁぁぁぁぁ!! あんた男だし!! かわいくないし!!「はぁ~~」
太くてでっかいため息をつく。 駅前のベンチに座っている俺の横をフワフワしてるモノ。 はい、今回も幽霊さんです!! 名前は……なんだっけ? まぁいいや。ずっと駅を出てから憑《つ》いてきてるんだけどまったく……俺は好きじゃないのに。「あの、憑いてこないでもらえますか?」
『そんなっ! 僕とシンジ君の仲じゃないですか「ひゃう!! ブ、ブラコンとか…そんなんじゃないんですぅ~~!!」 叫びながら立ち上がって走っていく伊織。「あ、逃げた」 ぽつりとつぶやく日暮さん。顔を見合わせるカレンと市川親娘。――なんだこれ……。「私はどうしたらいいのかな?」「レイジはそのままみんなと話をしててくれればいいよ」「ふむ。理解した。そうさせてもらうとしよう」 で、俺はというと逃げていった。 いや、走り去って行った伊織を追いかけていく。自分の部屋に割り当てられたところをノックしたけど返事がない。何度かたたいたけどそれでも部屋から反応が無いので、恐るおそる中をのぞいてみる。 伊織の姿は見当たらなかった。そのほかに行くところと言えば、浜辺の見える中庭くらいか。俺はそちらの方に足を向けた。 海の潮の匂いの混じった柔らかい風が顔をなでていく。そんな感覚の中、走って行った伊織を追いかけて中庭まで来たんだけど、その伊織の姿が見当たらない。もう少し浜の方に行ったかもしれないと、浜に続いているだろう道を歩いて行く。少し入ったところに小さくかがんだ女の子がいた。 後ろ姿で分かる。妹だ「伊織探したぞ!!」 振り向いた伊織は悲し気な表情をしていた。眼に涙がうっすらと溜まっているようにも見える。「ど、どうした!?」「お、お義兄ちゃん。これ……」 視線を移していく伊織。その視線に合わせて俺もその後を追う。 そこには草むらの中にポツンと一体だけ石でできた人形のようなものが無造作に横になって転がっていた。「こんなところに……」「お義兄《にい》ちゃん、これってお地蔵様だと思うんだけど……」「それはちょっと考えられないというか…。ここは個人所有の土地だからね、その敷地の中にお地蔵さまって普通はないよ。とりあえず一回みんなのところに戻って市川姉妹の
「え~っと……お義兄《にい》ちゃん、その後ろの子って……誰かな?」 光に包まれた俺が戻ったとき、隣には先ほどお願いしてきた少年が何事もなかったように立っていた。どうしたもんか一人で考えるよりも、みんなと相談した方が良さそうだと判断した俺は、自分に割り当てられた部屋の中に荷物を置いて広間の方へと歩いて向かって行った。そこで出会ったのが義妹《いもうと》の伊織で、クチから出たのが先ほどのセリフである。――そりゃぁそう言うようなぁ……。 分かってはいたんだけど、言われると少し申し訳なさが込み上げてくる。ここには楽しみに来たはずなんだけど、もうその目的も崩壊したのと同じだから。「うん。説明は後でみんな一緒の時にするんだけどね。そういえば……君の名前を聞いてなかったよ」「名前……か」 隣に並んでいる少年は、その質問に考え込んでいるようだ。「ないの?」「君たちの言う名前……とは私を呼ぶためのモノなのだろう? なら……無いかもしれないなぁ」「違うよ!!」 話を聞いていた伊織がツカツカと近づいて来て、少年の前にヒザを曲げて目線を合わせる。「名前は君自身を表すもの。今ここにいる君の存在の事だよ、ただ呼ぶためのモノじゃないよ」「ふむ……君はなかなかいいことを言う。では君が名前をつけてくれないか?」「え!?」 伊織が「困ったよぉ!!」って顔して俺に視線を向けてきたけど、そんな簡単に名前なんて思いつくものでもないし。俺にそんな能力は備わってない。「な、名前かぁ……う~ん。じゃぁレイジとか?」「レイジ……か。良いだろう、これから私はレイジだ。よろしく頼む」「決まっちゃったよ……」――あれ? そういえば、このコと一緒にいるのになぜだろう嫌な感
「はい、着きましたよぉ」 こちらを振り向いてにっこりとする市川夫人。近くで見ていると確かに響子・理央姉妹のお母さんだなぁって感じる。姉妹に表情がそっくりなのだ。日暮邸から、きゃぴきゃぴ声が響き渡る車で走る事一時間。途中で一回だけ大きな道に出たけど、それからまたすぐ小道に入り直して林の中を走る事十分。目の前に大きな洋館のような建物が見えてきた。「ここって……」「わぁ……おっきぃ」「お城?」 車を降りながらそれぞれが感想を述べる。それほど大きくてとても日本にいるとは思えない家……ではないな、欧米にでもある様な屋敷が建っている。中世のヨーロッパ風な佇《たたず》まいを持つこの建物は、とても個人で所有できそうなものには見えなかった。――そして気になる事がある……。「この感じは……」「お義兄《にい》ちゃんこれって……」 伊織も感じるようになったみたいだけど、この俺の体が重くなる感覚はこの街に降り立った時から感じてるモノ。それが、ここにきて急に強くなった。近くに影響してるモノがあるのかもしれない。ただ今はそれを探したりするよりも考えなきゃいけないことがある。――そう……。「え~っと、すいません。今日からここに泊まるってことですけど、ご主人はどちらに?」「いないわよぉ」 何ともあっさりに言い放った市川夫人。「いないって……男は俺だけって事ですか!?」「そうですよぉ。あら? あららぁ? なにかまずいことでもあるのかしらぁ?」 荷物運びしてる俺の近くに、市川夫人が凄く楽しそうで面白がっているような表情をしながら体を近づけてきた。「いや、べ、別にないですけど。ちょ、ちょっと近いです!!」「あら、照れちゃってかわいいわねぇ」
空の上から眺めること幾年。人々は変わった。争いだけが日常だった幾百年も昔。自分が何かできるとおごり手を出した。それが元で争いが続いていくとも知らずに。 今は世界の国と言われるところで数々の争いがおこる中、自分はここにたたずんでいる。いや動けずにいる。もう終わらせたいとも思う。誰かこの想いを受け止めて欲しい。 今はただ眠りたい。 元々いた場所に帰れるとは思っていない。帰る気もない。 この場所で、この土地で眠りたいただ今はそれだけを|希《こいねが》う わたしは今、とてつもなく心の中につまらなさを感じている。 カレン事、私と他のみんなで二日間、藤堂兄妹《とうどうきょうだい》ナシで過ごす事になったんだけど……「なんか……つまんなくない?」「そうねぇ……」「二人とも寂しいだけでしょ?」 少し歩けばこの市川邸が保有しているプライベートビーチに行けるのだが、今日は何か行く気にならない。やっぱりなんか物足りない感じなのよね。だから、この理央《りお》の言葉にも否定できなかったんだけど、なんだろう? 響子まで黙っちゃったけど。「ねぇ、カレン……」「な、なぁに?」「真司君と何かあったの?」「え!? な!? えぇぇぇぇ!!? どうして!?」 響子から振られた言葉に完全に動揺してしまった。「なんだか…少し前、夏休みに入る前位から様子がおかしいから……かな?」「べ、別に何もないけど!?」「「ふぅ~ん」」――さすが双子だなぁって思う。返事がそろっちゃうんだよね。「あ、あのね、実はあたしシンジ君と約束してた事があってその話をちょっとしたかな?」「どんな約束?」「その……か、カノジョになってあげるって……」「「えぇぇぇ!!」」
その横では舞台上で結構な騒ぎになっていた。舞う予定の巫女さん二人と、それに付きそう男方が一人の合計三人が抜けてしまう事になる。その代役として舞台上で舞う巫女さんの事、演舞の題目や舞台点検修理のため。「だめだ!! 巫女さん一人は今こっちにはいないそうだ」「どうする? 延期にするしかないか?」「いやダメだ。今まで何が有っても中止はもちろん延期もした事の無い行事だ。何とかして探すしかない」 そんな話が飛びかう中で一人考え込んでいた日暮さん。突然立ち上がってこちらに真顔のまま向かってきた。「藤堂クン、妹さんお借りできない?」「「「は?」」」 三人から同じセリフが飛び出した。まぁ確かにここに藤堂は三人いるんだけどね。「あぁ、ごめんなさい言い方を変えるね。伊織ちゃん……一緒に踊ってみない? どうかな藤堂クン」「「「えぇぇぇぇぇ!?」」」 どちらにしても三人から同じような声が舞台の上に響き渡った。ただまぁ俺はそうなるんじゃないかと半ば予想はしていたからこそ、伊織には残ってもらっていたんだけど。それに伊織が舞うところをもう一度見てみたいなんて考えも有ったりなかったりするのは内緒だ。シャンシャンシャンシャンシャン「ダレ?」「かっわいいぃ」「綺麗ねぇ」 俺達の前にいる舞を見に来た人たちから歓声が上がっている。隣では。「ううぅ」「父さん、何で泣いてるんだよ」「伊織も……大きくなったと……思ってな」 そう。現在その伊織は目の前の舞台の上で毎を踊っている。練習用のなんちゃって巫女さん姿ではなくて、演舞用のすごく綺麗な衣装を着て少しだけ化粧をした姿で。「確かに、綺麗だ……」 一生懸命に舞うその姿は本当に綺麗だと思った。 後々
その冷気はあまりにも強くて私も声を掛けるのをためらうほどだった。ただその顔は少し悲しそうにも見えた。私もけっこうな数の霊達に会ってきたけど、目の前に現れようとしている綾香さんの気持ちのこもった圧はなかなか体にこたえる。 ただ、私の中にはお義母《かあ》さんがいてくれるおかげで、これだけで留まっているとも理解している。「綾香さん」『心配しないで伊織ちゃん。この人たちに手は出さないから。あなたのお兄さんにも、あ母さんにも止められたからね』 こちらをチラッと向いたまま彼女は私に向かって声をかけた。「え!? お義兄《にい》ちゃんとお義母《かあ》さんが?」『ただ、言いたいことは言わせてもらうわよ!!』という言葉と共に完全に綾香さんの顔は女性二人の方へ向いた。『あなたたち!! 家柄とかにこだわってばかりで体裁《ていさい》ばかりを気にするあなたたち!! 努力は裏切らない!! 覚えておきなさい!!』「ご、ごめんなさい!!」「ゆ、許して!!」 そのままガクガク震えながら崩れ落ちるように床の上に座り込む二人。一人は泣き崩れてしまっていて、一人はずっと綾香さんに謝り続けていた。 それを確認して少し微笑むように綾香さんは少しずつ消えていった。消える間際に私の方をゆっくりと振り返り、ニコッと笑っていたその顔がとても綺麗だと思った。 時計がその場でだけは止まったかのように誰一人動けないまま、ただただ二人を見続けていた。 俺が舞台の上に駆け付けた時、ちょど綾香さんはみんなの前からスーッと消えてしまうところだった。それまでは伊織の方を向ていたけど、こちらに気付いたのかその顔は優しく微笑んでるように見えた。とりあえずそのままにしているわけにもいかないので、まずは伊織に近寄っていく。「い、伊織大丈夫か!?」「あ、お義兄ちゃん。お疲れ様」「その二人……」 伊織のそばまで行くと、女性二人が今は見えなくなった彼女に許しを請《こ》う言葉を唱え続けていた。